夢窓国師ってご存知ですか?
けっこう御歳を召されてる方や、日本史を勉強してる高校生には、知ってる人が多いかも知れませんね。
あ、もしかして、夢窓疎石って言った方がわかりやすいのかな?まあ、どんな人かを説明すんのは面倒くさいんではしょるけど、室町幕府(つか足利尊氏)の政治顧問になったりした、偉いボンさんなんです。
で、その偉いボンさんがどうしたの?かと言うと、
ここ高知にも来てたんですよ。1318年に。しかも、かなりお気に入りになったらしい…
…高知にきた国師は、吸江庵という草庵を建て、そこで色んな人に教えを説いてました(ちなみに絶海中津と義堂周信にも、このときに会ったと言われてる)。んで、教えを説く合間に、草庵の目の前に広がる海に出ては遊んでたそうなんです。
国師が来られた頃の高知は、今とまったく景色が違ってて、今はこんな感じ(赤丸箇所が吸江庵跡) ↓ なんだけど、

当時はこんな感じ ↓ だったらしい。わおう!
国師はこの景色を めっさ愛したそうで、船を浮かべては、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ、と湾内を巡って楽しんだそうな。で、そのついでかなんか知らんけど、こーんな歌を歌ってます。

心あらん 人に見せばや吸江の 岸の向ひの 夕べあけぼの
(訳:吸江から見る朝晩の美しい景色は、ものの価値を良くわかる優れた人にこそ見せてやりたいものだ。)
いまに見ぬ こま唐土はいざしらず 秋津島には ならぶ景なし
(訳:日本の中で、この吸江の美しい景色に勝る景色は、恐らく無いだろう。吸江の景色は日本一だ。)
国師が絶賛した かの風景は、今は見る影もない。
海面変化はしょうがないけど、守れる景観や自然はぜひとも守りたいもんです。
高知も都市開発するんなら、ちったあ京都を手本にしたらいいのに。
↓ ポチッとお願いします。

にほんブログ村
けっこう御歳を召されてる方や、日本史を勉強してる高校生には、知ってる人が多いかも知れませんね。
あ、もしかして、夢窓疎石って言った方がわかりやすいのかな?まあ、どんな人かを説明すんのは面倒くさいんではしょるけど、室町幕府(つか足利尊氏)の政治顧問になったりした、偉いボンさんなんです。
で、その偉いボンさんがどうしたの?かと言うと、
ここ高知にも来てたんですよ。1318年に。しかも、かなりお気に入りになったらしい…
…高知にきた国師は、吸江庵という草庵を建て、そこで色んな人に教えを説いてました(ちなみに絶海中津と義堂周信にも、このときに会ったと言われてる)。んで、教えを説く合間に、草庵の目の前に広がる海に出ては遊んでたそうなんです。
国師が来られた頃の高知は、今とまったく景色が違ってて、今はこんな感じ(赤丸箇所が吸江庵跡) ↓ なんだけど、

当時はこんな感じ ↓ だったらしい。わおう!
国師はこの景色を めっさ愛したそうで、船を浮かべては、あっちへウロウロ、こっちへウロウロ、と湾内を巡って楽しんだそうな。で、そのついでかなんか知らんけど、こーんな歌を歌ってます。

心あらん 人に見せばや吸江の 岸の向ひの 夕べあけぼの
(訳:吸江から見る朝晩の美しい景色は、ものの価値を良くわかる優れた人にこそ見せてやりたいものだ。)
いまに見ぬ こま唐土はいざしらず 秋津島には ならぶ景なし
(訳:日本の中で、この吸江の美しい景色に勝る景色は、恐らく無いだろう。吸江の景色は日本一だ。)
国師が絶賛した かの風景は、今は見る影もない。
海面変化はしょうがないけど、守れる景観や自然はぜひとも守りたいもんです。
高知も都市開発するんなら、ちったあ京都を手本にしたらいいのに。
↓ ポチッとお願いします。
にほんブログ村
























