2011年12月

今年最後のポタです。

伊野にあるかんぽの宿をスタート&ゴールにして、旧吾北村の道の駅までポタってきました。
昼に出発したんで、往復1時間弱走ったあと、かんぽの宿の温泉に入って帰ってきましたよ。
露天風呂につかって空を見てたら、白鷺?が光に照らされてか黄金色に輝いていました。なんか縁起がいいんで、宝くじでも買ってみようかな。懸け事したことないから当たらないだろうけど。
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筆山にある金子直吉「【土佐の偉人23】金子直吉:財界のナポレオン」の墓の側に、金子直吉翁顕彰碑が建てられた。
日本一の総合商社のトップであったにもかかわらず、私利私欲に走らず清貧を貫いた翁の名と功績は、この碑とそして墓ともに後世に語り継がれる事でしょう。


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須崎市に、土佐藩が幕末に築いた砲台跡=台場がある。
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この台場は対異国船用に築かれたもので、1863年7月に着工し、約1ヶ月半という短期間で東・中・西の3ヶ所に築かれた。ここは西台場で、長さ116メートル、砲門7座、弾薬室7ヶ所が設けられていた。
イカルス号事件の際には、この台場の近くで臨戦態勢をとっていた土佐藩軍艦の夕顔丸と空蝉丸、薩摩藩から借りた軍艦・三邦丸、幕府軍艦・回天丸を支援するとともに、町内警護のため、ここも臨戦態勢をとった。ちなみにこの時、須崎以外の主だった港や海岸も臨戦態勢をとっており、一例を上げれば片岡健吉「片岡健吉の邸宅跡」は到道館「藩校・致道館の跡」で兵を集め種崎を防衛している。
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砲門設置場所跡
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砲門設置場を支える台場跡。
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台場中央にある通路。
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後藤象二郎を代表とする斎藤利行「斎藤利行の邸宅跡」たち土佐藩交渉役は、夕顔丸船上でパークスと交渉した。結果、嫌疑は晴れたが、この交渉のために後藤は、予定していた西郷隆盛との交渉に大遅刻してしまい、これが後に薩土盟約「【三都物語2010:京都】薩土盟約の締結の地」解消の一因になったという。

幕末に造られた砲台跡は全国各地にあるが、ここほど歴史的な舞台となった砲台は無いだろう。
そのためか国指定の史跡になっている。

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奈半利川の河原に、野根山二十三士の殉節地碑がある。

野根山二十三士とは、郷士・清岡道之助「清岡道之助の旧邸」を首領とする安芸郡下の勤王志士23名のことで、彼等は「藩政改革、攘夷、囚われた武市瑞山の釈放」を訴えるために野根山街道にある岩佐の関所を占拠したため、その罪で全員、この地で処刑された。

1864年7月26日、清岡道之助ら23人は「藩政改革、攘夷、囚われた武市瑞山の釈放」を訴えるため岩佐の関所を占拠した。これに怒った土佐藩は、彼らを捕縛または斬り捨てるため、大監察・小笠原只八「小笠原只八の生誕地」率いる数百の兵を派遣。小笠原は銃声による威嚇を行い、武器を捨て投降するよう説得した。だが、二十三士は「武器を持つのは身の護りであり、けっして反抗の意志はなく、藩主に嘆願しているだけだ」と主張し投降しなかった為、小笠原は捕縛を決め山狩りに取り掛かる。
このため二十三士は、脱藩して後事を計ろうと岩佐の関所を放棄。山脈を北上して土佐藩領の隣りにある阿波藩領の海部郡に入り、8月2日に宍喰の船津村にたどり着いた。だが、そこには阿波藩の船津の関所「船津の関所…野根山二十三士の投降の地」があり、二十三士は番人の命で武装解除し、自由行動が禁止された。その後、二十三士は、数十日間、宍喰、牟岐など周辺の地へ連行された後、藩境近くにある宍喰川を渡った所で土佐藩に引き渡された。そして藩境を過ぎ、甲浦から生見峠を越えて野根で1泊し、翌日9月4日に野根山を越え安芸郡奉行所「安芸郡奉行所と田野学館の跡碑」の獄舎に入れられた。
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そして翌9月5日の早朝、獄舎で一晩過ごした二十三士は、奈半利川の河原に連行され、急に処刑されることとなった。「罪状を吟味する必要無し。現地において速やかに処刑せよ」という藩の命令が、麻田楠馬「麻田楠馬の邸宅跡」、森権次「森権次の邸宅跡」、乾退助、後藤象二郎の連名により発せられたからだ。
刑は最年少16歳の木下慎之助から処され、全員が終わったのは午前9時ごろ。そして清岡道之助と清岡治之助の遺骸は、城下にある鏡川の雁切河原で晒すために搬送され、他の志士の遺骸は清岡道之助の遺言により、近くにある福田寺に埋葬された。


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