2012年05月

東洋町の野根小学校で金環日食の観測会が開かれたそうです。

この観測会は、東洋町商工会の声掛けで開催されたもので、観測会と同時に、江戸時代に日食予測を的中させ全国に名をはせた野根出身の偉人・川谷薊山「高知城三ノ丸と川谷薊山」の紹介もされたそうです。
当日は、以前お世話になった地元郷土史家の原田先生が、生徒約30人と保護者の方達に日食の説明をした後に、川谷薊山の紹介をされたとのこと。天候はあいにくの曇り空でしたが、生徒たちの日頃の行いが良かった為か、金環日食の瞬間にちょうどうまく雲に隙間ができて、観測に成功したそうです。
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生徒たちは教育委員会から配布された日食観測用グラスを使用して観測したそうですが、イイ感じに雲が出ていたので、参加した保護者の中には「肉眼のほうがよく見える」と言った人もいたそうです(日食網膜症になる恐れがあるので絶対ダメですが…)。ちなみに、この観測グラスは商工会が教育委員会に仲介販売したそうです。
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東洋町は若者の流出により町が年々衰退しているそうです。今回のような企画をきっかけに子供たちが地元の偉人を知れば、子供たちに郷土愛が育まれ、地元に残るor帰ってくる若者が増えて地域再生に繋がるかもしれませんね。地元商工業の発展だけでなく、地域振興にも貢献しているこういった商工会には、今後も頑張ってほしいものです。

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今日も行ってきました。

今日のルートは、実家→円行寺→土佐山→工石山→土佐町に入って439にアクセスし→本山町→大豊町→32号線にアクセスし→南国→実家という約100キロのルート。

いや~、工石山って結構きついのね。
何がキツイって、後半になると急勾配のつづら折りの道が目の前に現れるんだけど、それ見るとヤル気削がれちゃうのよ。もう何度帰ろうと思った事か。けど迷いながらペダルこいでたら、いつの間にか頂上?に来てた。ん~、いつも迷惑してるこの優柔不断な性格が、こんなところで役に立つとは。いつの日かぜひ仕事で役立って欲しいものである。え、そんな機会無いって?
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この写真↑にあるトンネルを通ると土佐町に入り、しばらく下ります。
下ってて思ったんですが、もしかしてカーボンホイールの制動力って弱いんでしょうか?なんか安物クリンチャーホイール履いてた時と比べると、止まり難く感じるんですよね。もしかしたらシューの影響かもしれないし、チューブラーとクリンチャ-の差なのかもしれないし、単にBOMAの性能によるものなのかもしれないし、どうなんでしょ?

さて、土佐町から本山町に入ります。
本山町に入り走っていると、左手に帰全山が現れたのでちょっと寄り道し、野中兼山の銅像と一緒に写真をば。なぜここに野中兼山の銅像があるのかと言うと、そのむかし本山町は野中兼山の領地だったからで、この像は領地見聞している時の姿を表しているそうです。また、この帰全山には野中兼山の母・秋田夫人の墓所もあり、その墓碑銘を書いたのは兼山の弟弟子である山崎闇斎。そして闇斎は墓碑銘を付ける際に、この山にも帰全山と命名し、それ以来この山は帰全山と呼ばれるようになったそうです。
この山の反対側には野中兼山の土居跡や南学講堂跡「野中兼山・谷時中・山崎闇斎の南学学堂跡」があり、それ以外にも本山城跡や大原富江記念館があるなど、けっこう観光できる場所が多いです。

さてさて、本山町を後にし大豊町に向かいます。
この辺りから向い風気味になってきて30Km/hを維持するのが難しくなりました。けど何とか大豊の商店街?にたどり着きます。ここには山下奉文の生誕地「山下奉文の邸宅跡碑」に行ける道があるんですが、そっちには行かず大豊IC方向に進み、トンネルをくぐって32号線にアクセスします。
そしたら、こっから完全な向い風です。しかも登りです。25~20Km/hで進んでいき、巨杉の杜「巨杉の杜」のある大杉を過ぎて、一路南国まで進みます。しかし、やはり工石山の登りがキイタのか、脚が回らなくなり20~15Km/hで進むことになり、途中、ここで↓ソフトクリームを食べて体力回復させて、根曳峠を下って、ようようの体で実家に帰還しました。
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今度は逆方向から行ってみるつもりです。





今日は、伊野のかんぽの宿→佐川→越知→仁淀川町→伊野町→かんぽの宿、の約70キロのコースを走ってきました。

車でかんぽの宿まで行ったんですが、いつもなら仁淀川橋はすぐに渡れるのに、今日は何故か3回位立ち往生。橋を渡りきったところにある信号でも故障してるのか?それとも事故か?と思ったんだけど、ふと川と川岸を見ると、なんか出店が出てたり駐車してる車がたくさん。なんかイベントでもやってるのか?と思ってたら、解りました、毎年恒例の鯉のぼりイベントでした。今日は風が強かったので陸に建てられてる鯉のぼりがよく泳いでおり、川にいる鯉のぼり達も、風の影響でか川の流れも速い様でよく泳いでました。ちなみに風で出店も飛ばされかけてました。

さて出発します。風が少し強かったけど何とか仁淀川町に入り、役場近くを走ってると、近くにある小学校への路地にこんな↓立て看板が。恐らく武田勝頼土佐の会「武田勝頼土佐の会」の方が設けたのかと。そう言えば、ここに来る少し手前の曲がり角の所に観光案内事務所がありました。興味のある方はぜひどうぞ。関連史跡を案内してくれるんだと思います。

国の重要文化財になってる橋を渡って、すぐ右折して安居に向かいます。その途中、ふと、とある家の花壇を見ると、なんかかわいらしい裁断してたのでおもわず撮ってしまいました。この後、伊野町に入り、酷道439でDQN車に轢き殺されそうになったりしたけど何とかかんぽの宿へ帰還。ロンモチ車を止めてるのでお礼替わりに風呂に入ってきましたよ。

そして、家に帰った後に、この続き→「連休は…」のビール造りをしました。
二戸で三上枝織の津軽弁ラジオを聴きながら造ったんですけど、これが悪かった…。ビールを造る際には、まず砂糖とモルトと湯を混ぜた原液を造り、それを水が入った発酵容器に入れるんですけど、ラジオに気をとられてしまい、原液を容機に入れる際に350ml位こぼしてしまって、それに加えて容機に入れた水も少し多かったみたいで、かなり薄味になりそうな悪寒。
けどまあ、ノンアルコールを造るので丁度良いのかもと開き直り、イーストを入れて今日の作業を終わらせます。後は1次発酵するまでの約1週間~2週間のあいだ18℃~28℃の間をキープしなければならず、毎日温度をチェックします。発酵容器にシール式の温度計を貼ってるけど、念のために棒温度計も使い確認しますが、今は何もしなくても22~24℃位で、ちょうど良い感じの温度です。天候がこの調子で続いてくれれば、用意したヒーターは不要になりそうです。たのむ、このままの天候でいてくれ。






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