行ってきました。
1ヶ月振りなんで無理をせず短距離にしましょうかねと思いまして、約70キロのこんな↓ルートを行ってきました。
スタートはみどりの広場。こっから100円トンネルを通って黒潮ラインに出ます。途中でボトルがないことに気付き、自販機でペットボトルを購入しジャージのポケットに入れて対応します。はじめは蓋を取るのが面倒だったんですが、しだいに慣れてきました。

黒潮ラインに出ると西に進みます。風は向かい風気味だったものの、ほぼ無風に近かったんで楽に走れました。ただ若干曇り気味だったんで景色はそこそこでした。やっぱ海はピーカンが綺麗っす。途中で黒いアンカー?に乗った速いローディとすれ違ったので会釈。その後、仁淀川河口大橋まで来ると、その手前で北上して春野市街に向かいます。
そして市街に入ると、旧道を通ります。水路と通路のうえにあるシキビの良心市が風情を醸し出してました。

旧道を西に向かって進んでいると、途中に吉良城跡という案内板がありました。せっかくなので旧道から外れて行ってみると、新しくできたもう一つの36号をこえて幼稚園?を過ぎたところにありました。

吉良城跡を見た後は、新しい36号まで戻り、そこをいの町に向かって進みます。城跡見物の際にペットボトルを飲み干してしまったので、途中にある自販機で補充します。そして出発すると、その直後にグレーっぽいロードに乗ったローディとすれ違いました。3連休なだけあって乗ってる人が多いみたいです(遠征してる人の方が多そうだけど)。
さて、いの町に入ると仁淀川橋を渡って39号を南下します。川面が綺麗でした。

その後、土佐市街に入り、287号にアクセスして道なりに進みます。すると、なんか巨大なカボチャが各家の前に置かれている地域に来てしまいました。なんじゃこりゃ?と思っていると、そういえば、数日前の朝刊に巨大カボチャのコンテストが開催された?という記事があったなぁと思いだし、ここで開催されたのかと納得。どんな味がするんやろう・・・。


さて、カボチャ地区(失礼!)を進んでいると、数百メートル進んだ先に、西原清東の生誕地碑がありました。西原清東は、アメリカでアメリカ米の起源になったキヨトウサイバラという米の栽培を行った人物。また、いまNHKでやっている大河ドラマ・八重の桜の舞台の一つである同志社英学校の社長に、片岡健吉「片岡健吉の邸宅跡」の後任として就任した人でもあります。こんなところで生まれたんですね。



この後、290号経由で56号に移り、土佐市街に向かって進みます。そして39号を北上して仁淀川橋を渡り、いのの街中を通って33号にアクセス。蛍橋電停の手前まで進み、そこから河川敷を通ってみどりの広場に帰還しました。さて、次回は倍の140キロを・・・って、いつのことになるやら。。。
1ヶ月振りなんで無理をせず短距離にしましょうかねと思いまして、約70キロのこんな↓ルートを行ってきました。
スタートはみどりの広場。こっから100円トンネルを通って黒潮ラインに出ます。途中でボトルがないことに気付き、自販機でペットボトルを購入しジャージのポケットに入れて対応します。はじめは蓋を取るのが面倒だったんですが、しだいに慣れてきました。

黒潮ラインに出ると西に進みます。風は向かい風気味だったものの、ほぼ無風に近かったんで楽に走れました。ただ若干曇り気味だったんで景色はそこそこでした。やっぱ海はピーカンが綺麗っす。途中で黒いアンカー?に乗った速いローディとすれ違ったので会釈。その後、仁淀川河口大橋まで来ると、その手前で北上して春野市街に向かいます。
そして市街に入ると、旧道を通ります。水路と通路のうえにあるシキビの良心市が風情を醸し出してました。

旧道を西に向かって進んでいると、途中に吉良城跡という案内板がありました。せっかくなので旧道から外れて行ってみると、新しくできたもう一つの36号をこえて幼稚園?を過ぎたところにありました。

吉良城跡を見た後は、新しい36号まで戻り、そこをいの町に向かって進みます。城跡見物の際にペットボトルを飲み干してしまったので、途中にある自販機で補充します。そして出発すると、その直後にグレーっぽいロードに乗ったローディとすれ違いました。3連休なだけあって乗ってる人が多いみたいです(遠征してる人の方が多そうだけど)。
さて、いの町に入ると仁淀川橋を渡って39号を南下します。川面が綺麗でした。

その後、土佐市街に入り、287号にアクセスして道なりに進みます。すると、なんか巨大なカボチャが各家の前に置かれている地域に来てしまいました。なんじゃこりゃ?と思っていると、そういえば、数日前の朝刊に巨大カボチャのコンテストが開催された?という記事があったなぁと思いだし、ここで開催されたのかと納得。どんな味がするんやろう・・・。


さて、カボチャ地区(失礼!)を進んでいると、数百メートル進んだ先に、西原清東の生誕地碑がありました。西原清東は、アメリカでアメリカ米の起源になったキヨトウサイバラという米の栽培を行った人物。また、いまNHKでやっている大河ドラマ・八重の桜の舞台の一つである同志社英学校の社長に、片岡健吉「片岡健吉の邸宅跡」の後任として就任した人でもあります。こんなところで生まれたんですね。



この後、290号経由で56号に移り、土佐市街に向かって進みます。そして39号を北上して仁淀川橋を渡り、いのの街中を通って33号にアクセス。蛍橋電停の手前まで進み、そこから河川敷を通ってみどりの広場に帰還しました。さて、次回は倍の140キロを・・・って、いつのことになるやら。。。